5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

籠神社

1 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/07 08:47
かなりご利益がありそうな籠神社を語りませんか。
なんか神秘的なパワーを感じます。

2 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/07 08:55
ふーん

3 : ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:02/07/07 13:59
 

4 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/07 20:19
どこにあるの?

5 :御殿山 ◆i7T.x7Zg :02/07/07 20:43
【元伊勢伝説】 (幻の古代王朝?)
「倭姫命世記」によると神武天皇から九代の間は神と天皇とが同殿同床であったが
崇神天皇の六年、倭の笠縫邑に神祠を立て天照大神と草薙剣を祀った。
崇神天皇の三十九年、丹波の吉佐宮に遷座、ここで四年間祀ったのち
ふたたび倭へ・・。
大和→丹波→大和→紀伊→吉備→伊賀→近江→美濃→尾張→伊勢

http://stan.tripod.co.jp/n2hbr2.htm
伊勢の「皇大神宮儀式帳」とは少し食い違い
丹波の吉佐宮が入ってないのが気に掛かる・・。

伊勢が言うてるのは14ヵ所、学者は23ヵ所と言ってます。
丹後の国一の宮・籠神社(こもり)奥宮が真名井神社は伊勢の伝説には入ってないが
彦火明命を始祖とする海部氏系図が出てきてがぜん注目を集める

6 :御殿山さん:02/07/07 20:57
>伊勢が言うてるのは14ヵ所、学者は23ヵ所と言ってます。
神道を実践してる人はいくつと言ってるだろうか。

7 :御殿山 ◆i7T.x7Zg :02/07/07 21:37
神道とは国家神道に準じなければ神道と認定されないので
伊勢に習うんじゃ・・。
天橋立は高天原に架けた梯子が倒れた残骸とか・・。
丹波には山ひとつ隔てた大江山にも皇大神社(内宮)が有る。
謎の丹波王国を解かないかぎり、日本の古代史は見えてこないと学者は言う。
その元伊勢伝説の謎を解く鍵は籠神社だと言われています。

8 :121:02/07/07 23:41
http://muke.got.to
今日のネタ。これで5回ヌケ!サンプルもタダだった。。
     ||        / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
     ||          | 5回抜かないとこうだ! !|
   ∧||__∧      \_ _____________/
   (; ´∀`)フォォォ!     ∨
   ミ≡≡≡j     ∧_∧
   ミ≡≡≡j     (・∀・ )
   ミ≡≡≡j     ( 神  )
    ヽ)ヽ)       | | |
             (_(_)

9 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/08 00:13
>>1
既に語り尽くされてるが・・・(w
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1018588766/

10 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/08 00:33
籠神社の言い伝えとか、昔話とか、説話とかないですか〜。

11 :御殿山 ◆i7T.x7Zg :02/07/08 01:39
【豊受大神】伊勢外宮へ遷座した未来の天帝。
外宮を中心に発達した伊勢(度会)神道は豊受大神=国常立尊=天御中主神=大元神とする。
「外宮先祭」は天照大神の招きで丹波から遷座したさいの約束事である。
(鎮座482年後の雄略天皇22年)478年。
天地開闢のさい、アマテラスとトヨウケの間には、交代に月となり日となって天下を治める
<幽契>があったとされる。さらに外宮・内宮の外にでれば北極星を神聖化した「太一」の存在。
丹後国丹波郡の比治山の山頂に真奈井の泉があり8人の天女が水浴をするため舞い降りた。
1人の天女の羽衣が無くなり地上に留まり7人の天女は天上へ返り北斗七星になる。
北斗七星にはソヘボシ=金輪星という小さな星が付いている。
地球の軸心が反対方向に振れると北極星になる星であり未来の天帝とゆわれる所以である。

12 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/08 01:44
御殿山 ◆i7T.x7Zgはマルチポストはやめれ。
ウザイ。

13 :御殿山 ◆i7T.x7Zg :02/07/08 02:26
マルチポストってなんですか?
コピペ貼るとサーバーに負担架かるやないかと・・。
このスレ自体いらんわネ。削除依頼出しといて下さい。


14 :10(1じゃないので”削除”してもいっけど):02/07/08 22:17
13御殿山さんおこんないでちょ。

まるでわけわからない。よって
 由緒
延喜式内名神大社で月次、新嘗を奉ぜられた。神社発行の由緒略記によれば、
主神の彦火明命はまたの名を天火明命、天照御魂神、天照国照彦火明命、
饒速日命、また極秘伝によれば山城の賀茂別雷神とも異名同神であり、
その御祖の大神(下鴨)も併せ祀られているとも伝えられる。
彦火明命は天孫として、天祖から息津鏡、辺津鏡を賜り、
大和国、丹波・丹後地方に降臨されて、これらの地方を開拓したとされる。
また由緒略記には、十種神宝を将来された
天照国照彦火明櫛玉饒速日命であると言い、
また彦火火出見命の弟火明命と云い、
更に大汝命の御子であると云い、別に丹波道主王とも云う。

なんとなくほんわか〜っしてるので
ホアカリノミコト!ってことに、しよう。
神話でこの神様の出てくるとこって、どこですか。


15 :9ではないが:02/07/08 22:45
本当にあるんだ、籠神社って・・・
>9のところしか知らなかったYO!


16 :御殿山 ◆i7T.x7Zg :02/07/08 23:34
↓神話では最初に降臨した神社ですが籠神社のほうが古いかも・・。
http://www.threeweb.ad.jp/~iw082125/
なんせ海部氏系図(物部氏系)が有るから(国宝新指定になるのはごくまれとか)
天孫族より先に十種の神宝を携え降臨するも神武天皇に帰属する。
幻の丹波王国やネ。

17 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/11 12:45
>>15
ただし、読み方は「かご」ではない。「この」だ。

18 :10:02/07/16 01:22
すごい神社ですねー。驚異的だな。
ワシには行けそうもない。

19 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/20 19:46
籠神社社務所が発行している「元伊勢の秘宝と国宝海部氏系図」という本に
系図の説明や言い伝えなどが詳しくのっています。
「天の橋立ての松の梢に光明十方を照らして日輪の影を覆うへり」というものが現れて、
北の山の方に飛んでいったとか書いてあって、オカルト好きにもたまらない内容です。

彦火明命は今の天皇家の先祖と言われるニニギノミコトの弟かも知れない。
だから系図をそのまま信じると海部氏は天皇家の血筋。
もしかしたら、彦火明命の方が政権を握ってたかも知れない。
いろんな想像をかきたててくれます。
古代丹後王国論とも繋がって行き、はまると果てしない世界です。



20 : :02/07/20 23:30
日本最古というか、世界中でも最古にあたる
伝世の鏡がある。
二枚あって、どちらも後漢時代のものらしいとか。
http://www5.nkansai.ne.jp/com/tankai/konozinnzya.htm
紀元前のものが伝世しているとは、すごすきる。

ちなみに、大江町の元伊勢には、内宮・外宮・天岩戸神社と
3つそろってるけど、籠神社は丹後国一ノ宮で名神大社。
大江町の方は村社です。


21 :( ;‘e‘)チャーニィたん ◆charny22 :02/07/21 21:14
( ;‘e‘)<参ってみたい 

22 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/21 23:27
奥宮の真奈井神社もセットで参ってね!

23 :御殿山 ◆i7T.x7Zg :02/07/22 00:06
大江町の方は大本の出口夫婦が信仰してたとか・・。

24 :吉野裕子:02/07/23 12:38
籠神社の宮司さんが皇太子殿下(独身時代)を招き、
神道の神様はユダヤの神様だと2時間掛けて語った。

という噂を耳にしました。
これは人伝で聞いた話ですので、私には確かめる術がありません。

また、ここ数年でどういう訳か籠神社は大変有名になり、
今では監視カメラも設置される程、警備も厳重になっていると聞いています。

実際に籠神社に参拝に行かれた方、宮司の方と接する機会があった方が、
もしも、ここにいらっしゃいましたら、何か情報を頂ければ幸いです。

(なお、投稿欄の吉野裕子と言う名前は、私が無作為に考えた偽名です。)

25 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/24 00:38
私が聞いた話では、ある人が取材をした時、宮司さんは籠神社とキリスト教は関係無いと言いながら、
真奈井神社の説明をしている時、旧約聖書にマナの壷という物が出てくることを気にしていたということです。
神社の由緒書きの立て札(?)の所にダビデの星があったけど、
今はなくなっているというのも聞きました。

26 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/24 02:02
>神道の神様はユダヤの神様だと2時間掛けて語った。

こういう認識しかできないのが世襲制の限界。
あほだな、その宮司。逝ってもよろしおすえ〜。

27 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/25 01:28
先代宮司の海部穀定氏は大学で神道を学問的に研究された偉い方です。
「元初の最高神と大和朝廷の元始」という難しい本も書いておられます。
難しくて全部は読めていませんが、キリスト云々という話は無いように思われます。

28 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/25 01:59
>24
おいおい、吉野裕子って・・・((((゚Д゚;))))オソレオオイゼ

29 :御殿山 ◆i7T.x7Zg :02/07/25 08:05
>24同じく。ビックリしたなァ〜もう。。。

30 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/27 00:59
> 24
古代史研究家の中山市朗氏は籠神社にすごく詳しいようですよ。
連絡をとってみてはいかがでしょう。
何か聞き出したら私達にも教えてください。

31 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/09/27 23:40
阿吽
阿:籠神社
吽:外宮

32 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/09/29 23:36
来月の3連休に参拝に行く予定です。
龍神社→下鴨神社→上加茂神社→木嶋神社→外宮・内宮→伊雑宮

33 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/10/02 21:03
始まり:籠神社、終わり:外宮

外宮 = 上加茂神社
内宮 = 下鴨神社
伊雑宮 = 河合社



34 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/10/04 23:08
駅から船で行くそうですが、電車を降りてから何分ぐらいかかるの?

35 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/10/20 14:19
age

36 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/10/22 01:18
かなり歩きますよ。
私は観光船に乗りました、船で10分くらいだったかな?


37 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/10/23 22:25
34です。
情報有難うございます

38 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/10/28 22:53
日本海なのに京都って不思議な感じがします

39 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/06 21:52
age

40 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/16 03:49
今日、参拝に行く予定です

41 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/17 07:28
籠神社の5色のお守りがあるけど。
色によりご利益が違うの?

42 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/17 07:40
天橋立で今日、学生マラソンがあるよ

43 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/01/03 22:14
初詣に行ってきた。お守り買ったんだが、
○600円といいながら、くれたおつりは300円。
(合計も違う)バイトの巫女はお守りの値段と算数
わかるようにしといてくれ。

44 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/02/16 02:26
http://tv3.2ch.net/test/read.cgi/cinema/1044523219/l50

45 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/26 23:46
 伝統芸能の”太刀振り”など披露
 宮津市の籠神社「葵祭」

 京都府宮津市大垣の籠(この)神社の例祭「葵祭」が24日、府中一帯で催され、主祭神をのせた鳳輦(ほうれん)巡行や伝統芸能の太刀振り、神楽舞が披露され、祭り一色に包まれた。

 同祭は五穀豊じょうと大漁を祈願し、古くから行われており、神職が冠に藤の花を付けて参加したことから以前は「藤祭」とも呼ばれていた。

 祭には府中地区の5自治会の氏子が参加。小雨模様のなか、境内参道では鳳輦の巡行途中に、法被姿の子どもたちが、府無形民俗文化財の太刀振りを披露。集まった人たちは、勇壮な様子にカメラのシャッターを切っていた。また本殿前では神楽舞も奉納された。

http://www.kyoto-np.co.jp/kp/topics/2003apr/24/W20030424MWD2K600000047.html

46 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/05/26 17:26
加護たんハァハァ

47 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/07/26 16:52
>>16
>なんせ海部氏系図(物部氏系)が有るから...
海部氏の本貫地は豊前のはずだが、籠神社宮司家の丹後海部氏って別流の海人部族
ですか。
籠神社 http://kammuri.com/special-1/05-motoise/kono/

48 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/07/26 17:24
籠神社って、薦(こも)神社、賀茂神社と同系なのかな。
籠(この)神社( or こもり)(京都府宮津市字大垣)※丹後国一の宮
http://homepage2.nifty.com/amanokuni/tumori-owari.htm

49 :山崎 渉:03/08/15 19:30
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

50 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/08/29 00:15
籠神社のHPは↓
http://www.motoise.jp/

ここも詳しく載ってるね↓
http://kammuri.com/special-1/05-motoise/kono/index.htm
http://kammuri.com/special-1/06-motoise2/manai/index.htm

51 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/08/29 00:19
あげます

52 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/08/31 14:43
せっかく面白そうなスレッド見つけたんだから
誰か何か書き込んでくれよ

53 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/09/03 19:02
籠神社にハングルの脅迫文が送りつけられたって本当?

54 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/09/03 19:23
>>47
>海部氏の本貫地は豊前のはずだが、

豊前のどこでっか?

55 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/09/07 12:00
age

56 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/09/16 21:36
奥宮の真名井神社はすごく(・∀・)イイ
磐座は恐らく人工的なものだと思うけど
日本最古級にして日本屈指の聖地だね。

57 :真・57ゲッター。。。( ̄ー ̄)ニヤリッ:03/09/17 05:59
57げっとぉ!



なんか、最近飽きてきたな・・・・これで最後にしとこ

妖輝緋氏って最近見かけないけど、一体どこ行ったんだろね・・・

58 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/10/01 19:49
鳥居が新しくなったよ

59 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/10/27 01:17
>>54
豊前でなく豊後の誤記でしょう。豊後国海部郡。

60 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/10/27 13:22
これからの時期訪れるにはやはり寒いすか?
来年の夏まで待った方がいい?

61 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/10/27 18:05
個人的には寒い時期に行った方が良い気がするけど・・・・・
(雪が積もらない磐座とか見られるから)
夏に行くなら早朝がお奨めだよ。

今からの時期だと、こっちはカニが(゚д゚)ウマーだよ

62 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/10/27 22:18
>>61
地元の方でしょうか?ありがとう。寒い磁気も良さがあるんですね。
磐座ってその周囲には積もってるのにそこだけ積もらないって事でしょうか?
もしそうなら不思議な感じですね、いつか見てみたい気はします。
でも、早朝の神社って気持ちいいですね、確かに(・∀・)イイ!!

>今からの時期だと、こっちはカニが(゚д゚)ウマーだよ
禿しく羨ましいっす。いいなぁカニ。

63 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/10/27 22:21
>>62
×磁気
○時期

何でさむいじきを寒い磁気に変換するんだよ、IMEのアフォ

64 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/10/28 16:56
寒い磁気でも意味は十分通用すると思うぞ(汗)

65 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/10/29 22:29
>>64
誤変換ついでに、何故に?と聞いてみたい気もする。
でも答えてもらえないような気もする。

66 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/11/06 17:45
>>65

籠神社奥宮の真名井神社の事を言ってると思われ

ここの磐座の前に出ると、
・頭が痛くなる
・耳鳴りがする
・目眩がする
・体が火照る
等の症状が現れるそうです。

ここ↓見て(´Д`)ハァハァ して下さい
ttp://www.gainendesign.com/taizan/kono/kono.html

67 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/11/07 17:40
>>66
(´Д`)ハァハァ しますた

68 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/11/07 19:09
http://www.excitehole.com/

69 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/11/08 11:24
>>66
ありがとう。もしかしてと思ったけど、やはりあそこの事だったんだ。
67さん同様(´Д`)ハァハァしてきますた。
そういう諸症状ってその場から何か磁気(wがそれこそ発生してたりするんかな。
でも胸苦しくならないのはよいかもしれないヽ(´ー`)ノ
っていうか、こんなサイトあるんだ。
リンクページ見ても神奈備しか行った事あるサイトなかったよ…世界は広いな大きいな

70 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/30 23:36
 迎春準備が整う
 宮津・元伊勢籠神社

 京都府宮津市大垣の元伊勢籠(この)神社は、新しい年を迎える準備をすべて整えた。毎年、正月の三が日には近隣や京阪神方面などから家内安全、交通安全などを願う初もうで客約5万人でにぎわう。

 本殿前の参道には、高さ7・7メートルのジャンボ破魔矢が2本飾られ、その片方にサルの絵を描いた大型絵馬(縦90センチ・横1・2メートル)が掛けられている。破魔矢の間を通れば無病息災になるという。

 本殿隣の授与所には、破魔矢や福ザサ、くま手、お守りなどがずらりと並ぶ。

 祢宜(ねぎ)の海部穀成さん(36)は「今春、京都縦貫自動車道の綾部宮津道路が開通し、バスや乗用車で参拝する人たちが格段に増えました」と振り返り、「元日から、さらに忙しくなります」と、良い年を願い気を引き締めた。

http://www.kyoto-np.co.jp/kp/topics/2003dec/30/W20031230MWD2K600000024.html

71 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/09 04:22
籠神社の場合は、「破魔矢」ではなく「天の羽羽矢」が正しい

主祭神である彦火明命が降臨の際、アマテラスから授かった矢である。

72 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/09 08:47
「天の羽羽矢」

ニギハヤヒも持っていたやつだね。
彦火明命=神武がナガスネヒコに見せたやつだ。


とか言ってみるテスト。

73 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/09 20:46
↑なにげに凄い事をおっしゃる

74 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/10 11:18
神武とニキハヤヒは「天の子」としての証明に
「天の羽羽矢」を使ったのは記紀に書いてあったのでは。

少なくとも天橋立の話じゃないでしょあれは。


75 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/11 16:01
籠神社の伝承では、彦火明命がアマテラスから天の羽羽矢
を授かった事になっているんだよね?

籠神社が正月に売っている(?)天の羽羽矢(破魔矢の語源らしい)には、
十種神宝を模したものも付いてるよ。

76 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/11 19:45
>十種神宝

ほう、それは某物部神社の専売特許と思ってたが(w
伝承とどういう関係が有るのだろう。
もちろん物部とのだが。

77 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/11 22:11
オキツ鏡とヘツ鏡は籠神社の伝世鏡ですね

78 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/12 11:45
オキツ鏡とヘツ鏡

発掘されたのではない
古代の鏡としては
唯一最古では。

79 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/12 19:20
漢の時代の代物らしい

80 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/13 11:22
>漢の時代の代物

まあ、しかしそれは眉唾だろう。
まだ邪馬台国が出来たかどうかという時代だ。

後漢(25−219)

81 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/13 12:01
二枚のうち一枚は前漢時代のもの
もう一枚は後漢時代のものって鑑定結果だったと思う

82 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/13 13:10
前漢って紀元前やんか。
そんなバナナ。

83 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/14 00:47
籠神社は、数々の宝物を所蔵しています。

「籠明神祝部海部直等之氏系図(通称・海部氏系図)」は、海部氏の始祖彦火明命から
平安初期に至るまでの当主名と在位年月を書き記したものですが、これは現存する
日本最古の系図であり、系図としては唯一国宝に指定されています。

「海部氏伝世鏡、息津鏡・邊津鏡」は、海部氏が二千余年に渉って無二の神宝として
伝世してきた銅鏡で、息津鏡は後漢時代、邊津鏡に至っては前漢時代のものであり、
伝世鏡(古墳などから掘り起こした鏡でない)であるとの学術的鑑定を受けています。

ttp://kammuri.com/special-1/05-motoise/kono/index.htm

◆ 海部直伝世鏡 息津鏡・邊津鏡
(約二千百年前、昭和六十二年十月三十一日初公開)

 昭和六十二年十月三十一日(旧暦九月九日・重陽の節句)に二千年の沈黙を破って
突如発表されて世に衝撃を与えた之の二鏡は、元伊勢の祀職たる海部直の神殿の奥
深くに無二の神宝として安置されて、當主から次の當主へと八十二代二千年に亘って
厳重に伝世され來ったものである。日本最古の伝世鏡たる二鏡の内、邊津鏡は前漢時
代、今から二〇五〇年位前のものである。
 又、息津鏡は後漢時代で今から一九五〇年位前のものである。そしてこの神宝はそ
の由緒が国宝海部氏勘注系図に記載されており、又當主の代替り毎に 、口伝を以っ
ても厳重に伝世されたものである。
 現存最古の国宝海部氏系図並びに今回発表の二千年前の伝世鏡は、當社の元伊勢
たる史実を実証するものであろう。

ttp://www.motoise.jp/main/houmotu/houmotu3.html



84 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/14 12:44
ごめんな。

逆らうわけじゃないが、
その年代測定には信用ならない。
ソースが手前味噌なのと、前漢時代のものだという
根拠が書いてないからです。

かの有名な卑弥呼の鏡などは、比較考古学的に
往時の中国製であると比定されて確たるものですが、
邊津鏡にもその様な根拠があるのでしょうか。

神社由来というのは平気で鎮座3000年などと
言い放ちますので、どうしても範囲を越えたものは
疑り深くなってしまいます。

籠神社は好きですし由緒など興味津々で
好意をもって調べたい対象です。
気分を害されたのならご容赦を。


85 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/14 14:35
前漢の時代にも倭の小国が楽浪郡に来てたという記述がある。
北九州の王かもしれんが、交易や移動で宝物として伝承されたと
しても不思議ではない。
また前漢の鏡が中国で伝承され、後漢や魏の時代に交易で渡来
した可能性もある。 邪馬台国のは朝貢(国家貿易)だから、
当時最新の国家管理の工人の製作した鏡だが、当時も一般の交易が
北九州ではあったととれる。 それ以降も中古自動車が後進国で
歓迎されるように、古鏡が後進国であった倭国に輸出されたのは
充分にありえる。
もちろん測定の誤りや神社のハッタリの可能性もあるが、
いちおう専門家の測定や鑑定を疑うほど常識からかけ離れたこと
ではないと思われ。(殷とか周なら眉唾だが)

86 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/14 17:41
鋳造されたのが漢の時代ってだけで
漢の時代から籠神社が保管してるって
事ではないんでそ?

丹後からは青龍三年鏡なんかも出土
してるから、結構同じ時期に伝来した
のかもね

87 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/15 09:25
>85

ありがとうございました。

しかし御説の「可能性がある」というだけでは、
そうでないともいえるわけで、確定というには遠いとおもえます。
しかしそう信じることを否定は致しませんし
神社がそう主張することも現在は誰にも止められないことでしょう。


前漢の時代となると、日本では恐らく縄文文化(?)主流と思われます。
その時代の交易に鏡がやり取りされていたということは、
大発見となります。
また前漢の鏡を後世に譲渡した(中古車のように)ということですが、
いわゆる前代の鏡が交易譲渡の対象になるだけの価値観が
当時にあったのか如何かという点が疑問です。
現代にいたるまで伝世しているということからも、かなりの価値と当時から
認識されている必要があると思うのですが、最新式の鏡に勝る
価値観を前漢の鏡に何があったのかという疑問も有ります。

故に私は漢の時代ではなく、卑弥呼の鏡世代か、保存状態の
良すぎる面から見ても、もっとあとのものとおもいます。

88 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/15 13:47
籠神社の宮司さんて絶対に親子一緒に旅に出ないんでしょ。
不慮の事故にあった場合でも、親子どちらかが残れば代々家系は続くからって。
うちの親が言ってたよ。


89 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/15 14:47
>>87
前漢の時代はもう弥生時代ですよ。そしてこの時代の鏡は北九州の
古墳からかなり出土しています。 日本列島に多数運ばれて来てたのは
まちがいありません。倭面土国王の朝貢は載っていますが、とても
そんな量だけではないので交易があったとみられます。
古墳に埋まってなかったのが珍しいというだけで、前漢の鏡は希では
ありません。年代がはっきり限定できる王蒙の「新」の貨幣も
吉野ヶ里で見つかっています。
鏡は当時の人にとって最大の文明製品でした。一家に一台じゃなくって
一つの村の有力者が一枚といったものでしょう。卑弥呼が支配の
ために各首長に分配するくらい貴重だから、今でいうテレビとか
冷蔵庫というより、村長が貰って嬉しいくらい価値があったのだから、
自動車くらいの喩えでいいのでは? 鏡面の水銀塗装とか当時としては
工業技術の粋でしょ。

90 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/15 17:18
写真で見る限りオキツ鏡の方がヘツ鏡より古く見えるね

91 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/15 20:16
価値がないのではと言ったのは「中古品」に対してです。

「最新式」の鏡に勝る価値観を前時代の前漢の鏡に
持っていたのか?と言う事です。

>今でいうテレビとか冷蔵庫
であるなら、余計にです。今でこそ考古学的価値を
ありがたがりますが、当時にそれがあったのでしょうか。
発掘されている鏡、他は当時の最新鋭が埋められたと言う事で
納得できます。しかし籠神社がその前漢時代に受けたものでなければ、
かなりの「お古」を、ありがたがっていると言うことでしょう。

テレビで言えばプラズマテレビの時代に白黒真空管テレビを
ありがたがっているようなものです。

「白黒テレビ」を、ありがたがる訳は、なんなのでしょう。
それが納得できる説明であり、証明できれば、専門家の鑑定結果と
あいまって、ヘツ鏡が前漢のものであると言う立派な根拠に
なりますが。

92 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/15 20:34
>村長が貰って嬉しいくらい価値

それにしては枚数が多くありませんか。
卑弥呼の鏡なんか何枚出ているのでしょう。

1つの墳墓から10枚くらい出ることもあるし。

一緒に宝物として埋葬するくらいには
価値あるものには違いなかったでしょうが、
比較的、種種雑多いろいろ普遍的にあったものであり
多分に実用的な道具であった可能性はありませんかね。


93 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/16 04:31
時代によるやん。 テレビも出始めたころは、村に一台町内に一台。
街頭テレビや金持ちの家に近所のひとがどっと集った。
それが一家に一台から数台あるって家も多い。自動車も同様。
弥生時代(前漢後漢)のころは倭人は貧しく、古墳時代になって
豊になったから権力者の古墳には何十枚とある。だが群衆墳に
みるように99%以上の庶民の墓からは、そんなものは出ない。
富が偏在してたから自動車(鏡)を何十台もつ大金持ちと
車が一台も無い大多数の庶民という低開発国の一般的な形なだけ。
今の富が分配された日本のイメージで考えたり、前漢と魏晋という
数世紀も離れた時代では、中国でも日本でも社会の様相は全く違う。

中国では、前漢時代なら実用品(ただし人口の数パーセントの人に
とってで90%以上の庶民には無縁)、魏晋南北朝のころは若干
国力が低下したが実用品。
日本では、限られた酋長、後に王様や豪族(人口の零点数パーセント)
の実用品かつステータスシンボル。自動車が大金持ちには道楽も兼ねる
のと一緒。 徐々に日本も豊かになっても、鏡が数パーセントの人口の
実用になるのはせいぜい奈良時代でしょう。


94 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/16 09:09
しかしそうだとすると、ヘツ鏡が前漢時代のものであると
いう根拠がどんどんなくなってしまうなあ。

善意と好意の解釈によってのみ認められると言うのは
測定結果の間違いやハッタリをも認めてしまいかねないでしょう。
だから、そう言うものを排除したところでの根拠がほしいのですがね。

なんとも例に出しますが卑弥呼の鏡の時代が確定していると
言い切れるのは厳しい史料批判に耐え、その上での比定された
物だからです。
「好意」の許認を外せば、とてもヘツ鏡はそれに耐えられる
ものではないと見えますが、どうなのでしょうか。

95 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/17 14:15
>>75
> 十種神宝を模したものも

 気になる気になるー!


96 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/01/21 19:01
学研が出版している『神道の本』は
籠神社でも販売されています。

97 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/02/12 23:26
あげてみる

98 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/02/13 01:33
都内の街角でバチもん屋台出しているユダヤ人とラーメン屋で話すと、
神道のアークに執着しているぞ、
イスラエルのスパイかもしれんが、籠さんや伊勢さんは警備を厳重にしといた方がいい。

99 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/02/14 04:09
籠神社の対人センサー網は結構厳重だよ
奥宮に至ってはオーバースペックの感さえある
表向きは放火予告の脅迫状対策らしいけど、実際はどうなんだろう?

飛鳥某の言うように、本当に奥宮真名井神社の御神体が「マナの壷」
なら、とっくの昔に安全な場所へ退避させていると思うよ。

一時は外国人観光客が観光バスで大挙して籠神社に来ていたみたい
だけど、最近はどうなんだろう?

100 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/02/14 07:37
ユダヤ人は「オレ達はココが違う」って言いながら自分の頭を指差す。
しかしその心の裏には安定した日本社会へのやっかみもあるようだ。

だが、「神道に興味がある」と述べていた。そのときは少し目の周りが険しい、
夜になると路地にたくさんの屋台が出る。東京だけでなく、長野の松本あたりにもいるな、
薄気味・・・だな、



101 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/02/15 11:35
>飛鳥某の言うように、本当に奥宮真名井神社の御神体が「マナの壷」
>なら、とっくの昔に安全な場所へ退避させていると思うよ

スカは「伊勢に、移されたが偽物で本物はまた籠神社にある」といってるが、
そう言う状態なら一番危ない。とも思えるが。

102 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/02/15 17:39
真名井神社の隣には現在ユースホステルがあり、
白人がよく利用してるよ

103 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/02/15 17:47

真名井のついた地名は日本には山ほどあるよ。

いまでは地名も変わって地元民さえ知らんこともある。
日ユ同祖が本当だとしても、マナの壷が隠されたかもしれない
場所はたくさんあるわけだ。



104 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/02/16 22:37
神社の境内で屋台出してるヤシらには
そんな狙いがあったのか?(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル

29 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)